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第5話

 育種は育種目標を立てることから始まる。熟期を早めにするか、遅めにするかを決め、耐冷性の強弱、食味、収量の多少のアウトラインも描かなければならない。つまり新品種の設計図作りである。
 石川洋らバイテクチームが定めた県北向け早生種の育種目標は耐冷性があって、多収が期待できる種ということだった。この目標に沿って生まれたのが「かけはし」である。

 チームの1人、木内豊が「育種は遺伝学的確立統計で進められるもの」と言う通り、育種は科学の領域に属する。しかし、科学的な手法がすべてとは言い難い部分もある。理屈では説明し切れない育種屋たちの思い入れがそれだ。

挿絵 石川はかけはしの父親候補に、県農試に数多く持ち込まれた品種の中から「庄内32号」、後の山形県奨励品種「はなの舞」を選んだ。育種屋は何か1つの属性をとりわけ好きになる。石川は、はなの舞が、チーム発足の年、秋田県の奨励品種に指定された「あきたこまち」に比べ、草の形がいい点に「惚(ほ)れ込んだ。」

 草丈が高く、葉がスッキリと立ち、根元まで陽光が通る。陽光が通るということは丈夫で、生産能力の高い稲に育つということだ。「見るからにおいしそうな米が育ちそうだ」と思った。育種には哲学が必要だ−というのが石川の持論だ。哲学とは、言い換えれば思い入れのことかもしれない。

 母親には耐冷性を重視して青森県農試藤坂支場が開発した「コチミノリ」を選んだ。昭和55年の大冷害時に、10a当たり700キロ台の収量に達して、実力は立証済みだった。

 かけはしは後に抜群の耐冷性を発揮するが、石川が目標の第1に掲げたのは多収性だった。「育種屋にとって収量を極端に落としてまでも、耐冷、食味性を求める気にはなれない」のが理由だった。

 一方の「ゆめさんさ」の目標は「ササニシキ、あきたこまちと競争できる中生種で寡照でも実りがよく食味のいいもの」で、父親にかけはし同様、はなの舞、母株には「初星」が選ばれた。コシヒカリを母に持つ初星は、愛知県で誕生、主に福島県以南で栽培されている。

 新田政司はササニシキ系に有望な子がほとんどなく、コシヒカリ系に立派な子孫が多いことから初星に注目していた。その新田が「初星を採用したのは木内君の執念だった」と語る。  千葉県出身の木内にとって暖国型の初星はなじみ深い品種だったろうが、それよりも「優れた特性を示す他県のデータが多かった」のがひかれた理由だ。感性重視の石川とデータ重視の木内の違いが面白い。

(当時の役職名使用、文中敬称略)

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