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第6話

 県農試を管轄するのは県農蚕課だ。昭和63年4月に農蚕課長に就任した佐藤昭美は早速、水稲新品種開発現場を見に行った。キャップの石川洋はその年県農試水田作科長になり、新田政司は県庁へ転出した。残った木内豊、佐々木力にキャップの上野剛と扇良明が加わった。

 佐藤は温室の片すみにストーブをたき、周りに水を噴霧しながら交配作業をしている、白衣の下にパンツに1枚の男たちを見て「ヤレ、ヤレ」と思った。

 実はわざわざ着込んだ白衣だった。当時の県農試場長、佐藤忠士は「本庁から課長さんがおいでになるというので、おめかしした」と言う。ふだんはもっとひどい姿だった。

挿絵 昭美の目に現場は悲惨と映った。事実、10年1単位の開発期間を短縮するため年2、3回の交配を続けてきたが、施設が貧弱なため春以外の交配の成功率は低かった。
 「(水稲新品種を)早く作れといったって、こんな状況じゃ駄目だ。本格的に金をつぎ込まなければ・・・・」。

 体制の立て直しを痛感した昭美は、県独自の水稲育種は不要と考えている上層部の考えを変えさせる突破口はないか、課員に相談した。担当の農産係長は佐々木由勝。佐々木は転作重点で、野菜一色の当時の県農政に「これでいいんだべか」と考えていた。主任は育種チームからやって来たばかりの新田である。事務方の役者はそろった。「まずやるべ」と結論が出るまでに時間はかからなかった。

 育種屋たちはバイテクを隠れみのにして、水稲の育種を手掛けており、公に認められた仕事ではない。それなりの予算を得て、おおっぴらにやるには、政策的転換だから知事の判断を要する。

 昭美らがまずやるべーと言ったのは、そのための第一関門、農政担当の財政課主査を引っ張り込むことだった。佐々木は「予算をつける、つけないよりもまず他県が一生懸命に取り組んでいるところを見てもらい、育種の何たるかを知ってもらおう」と作戦を立てた。

 狙いはフジミノリ、コチミノリなどを開発した青森県農試藤坂支場だが、佐々木は担当の藤尾善一財政主査に「青森さ行がねが。太子納豆や農機具メーカーを見て、帰りは十和田さ回るべし」と誘った。

(当時の役職名使用、文中敬称略)

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