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第7話

 平成元年の6月、佐々木由勝の懸命のレクチャーを受けながら1泊2日の“水稲育種実地研修”に出た藤尾善一は、後に水稲育種の予算化の動きを知って「ヤラレタ」と言ったそうだ。佐々木にうまくノセられたという意味だ。話としては面白いが、当人には覚えがない。

 「話だけでは分からない。見ておく必要があり、自分なりに納得したかった」藤尾だが、気持ちはあくまでも白紙だった。佐々木の考えている金額は半端じゃなかったからだ。財政マンの典型なのだろう。当時を振り返る藤尾の口調は静かで慎重である。

 県予算は各課要求がまず財政課主査の査定を受けてから財政課長、総務部長の各調整、副知事協議、知事査定という順序で上がっていく。藤尾は「要求が通るか通らないか、大方は課長段階で決まる」と言う。事実、課長がストップをかける場合もあるが、こういう例はそれほど多くない。

挿絵 各課の直接の窓口になるのは藤尾ら主査である。主査は要求内容を十分に納得してから、主任財政主査、2人の課長補佐、課長を相手に1対4でやり合い、説得できればパスする。

 例年11月25日に予算要求書が提出され、ヒアリングが始まる。藤尾は年内いっぱいかかって事業の重要性を認識、平成2年度予算に盛るハラを固めた。

 「佐々木さんたちの熱意、一生懸命さを真摯(しんし)に受け止めた」。クールな藤尾らしからぬ感想だった。

 ちょっとした育種通になっていた藤尾は、膨大な資料を整理、分析して数枚の予算書にまとめた。県農試本場に早・中生種の世代検定試験棟や育種実験棟、交配施設、県南分場に中・晩生種初期世代養成温室、世代検定試験棟などを建て、成分分析装置など機器を導入する8億円の内容だ。物置小屋や作業小屋、温室の片すみなど転々としてきた日陰の育種屋たちに日本でもトップクラスの施設を造ってやろうという大事業である。

 従来の県単事業での育種開発不要という流れからすると、3カ年継続とはいえ8億円の支出は、常識的な財政の組み方として前例がない。藤尾の奮闘にもかかわらず、財政から示されたのは県農試本場分だけの3億円だった。

 中野昌造農政部長は「ゼロのところへ3億円もついたから、もういいだろう」と一応の評価をしたが、佐々木や新田政司ら農蚕課のスタッフは満額獲得を主張して譲らなかった。県産オリジナル米は県北向けと県南向けのセットで開発しなければならない。滝沢村にある本場だけの施設では、立地的に県南向けの品種開発に無理がある。佐々木らが食い下がった理由だ。

(当時の役職名使用、文中敬称略)

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