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第8話

 県産米の独自ブランドの開発費として、平成2年度当初予算に3億円が盛り込まれたが、農蚕課のスタッフは満額の8億円を獲得しようと中野昌造農政部長に食い下がった。佐々木由勝によると、5、6回の談じ込みの結果、中野は折れた。佐々木は「財政課主査を説得するより難しかった」と苦笑いする。今度は中野が中村直知事、佐々木浩副知事、高橋令則出納長ら当時の首脳陣を説得する番だ。

 中野は懸命の面もちで40分ほど熱弁を振るったところで、いったんは知事室から退席、知事らの協議を待った。前任者の中谷眞也が言っていた「オレのときは知事復活 100%だったぞ」のセリフがプレッシャーになった。

挿絵 再び入室した中野に佐々木浩は「農政部長がそこまで熱心に言っているのだから、つけてあげたらとの知事の言葉でした」と告げた。控室で待つ佐々木由勝、新田政司の前に、中野は指を丸めてオーケーのしぐさをして現れた。農政部にとって歴史的な日だった。

 育種は伝統的な手法の交配育種を中心に行われた。育種サイクルを早めるため補助的に、葯(やく)培養が採り入れられたが「かけはし」「ゆめさんさ」は交配育種から生まれた。

 育種はF1、F2、F3と世代を重ねながら形質的に優れた種を選抜していく。口で言うと簡単だが、膨大な株のなかから最終的な1株を選ぶ、確率何10万分の1の作業を繰り返す。ちなみに平成5年の県農試の育種データを見ると、81組の父本(ふほん)と母本の組み合わせから、1組当たり約1200株、合わせて9万7千株に増やし、圃場、室内、二次の選抜で約1500株に絞り込み、次年度以降も同じような作業を繰り返していく。
 辛抱と根気がもの言う職人芸の世界でもある。石川洋の後をうけて育種班のキャップになった上野剛は面長で濃いまゆと大きな目。見るからに職人顔といった風貌(ふうぼう)の持ち主だ。寡黙。とりわけ自分の業績について語りたがらない。

 上野の真骨頂は手のひらだ。育種チームを発足させた中谷は育種の成否を「担当者の眼力、勘による」と評した。上野は正に中谷の言葉の通り抜群の手のひら感覚の持ち主だ。

 上野は株を握ってみて稈(かん)の強さ、長さを見る。穂をしごいて、穂ぞろい、収量、熟色、粒の良否を見分ける。何百、何千株と続けて、1週間もすると親指と人差し指のつけ根から出血してくる。チームは圃場をこいでいるうちにズボンがすり切れてくる。炎天下で手のひらにモミを載せ、取り除いた殻を口で吹き続けて半日もたつと、酸欠状態のようになってクラクラしてくる。腰痛にも悩まされた。

(当時の役職名使用、文中敬称略)

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